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人と野鳥の境界線 [ACエッセイ]

前回は人と野生動物の境界線について書きました。

今回は私たちにとってより身近で、日常的に姿を見かけることが多い野鳥に
ついて書いてみたいと思います。
・・・というのも、これから野鳥にとっては子育ての季節で、心配になった
方がヒナを拾ってしまうということがあるからです。

野鳥の子育てが始まり、ヒナが巣立ったときに、それが巣立ちヒナとは
わからずに、かわいそうと拾ってきてしまう方がいます。
でも、それは親鳥からヒナを誘拐してしまうことになるんです・・・

巣立ったヒナは大変頼りないように見えるかもしれませんが、茂みなどに
隠れて親鳥から餌をもらい、飛ぶ練習、どんな餌なら食べられるか、
自力で餌をとるという生きるための勉強をしています。
そういう時期に、人がヒナを連れ帰ってしまうと、ヒナは野生で生きるための
大切な学習期間をなくしてしまい、自然に復帰できなくなってしまいます。

ヒナがひとりでいることを見かけでも、近くで親鳥が見守っていますので、
そっとしておいてあげてください。
もし、側溝に落ちていたり、道路のそば、猫などが近くにいて危険を
感じる場合は、見つけた場所からなるべく近くて安全な場所、木の茂み
などに移動してあげてください。
親鳥はしばらくの間、ヒナの姿が見えなくなっても、ちゃんと探していて、
ヒナの声を頼りに探しにきてくれます。
夜にヒナを保護して、一晩保温と給餌で預かり、朝に巣箱に入れてお庭に
置いてあげたら、ちゃんと親鳥が迎えにきて戻れたというケースを聞いた
ことがあります。

ツバメなどで、巣落ちしたヒナを心配なさる方もいらっしゃいます。
そういう場合、ヒナの外傷、弱った様子などを確認して、元気なようなら
すぐに巣に戻してあげるのが一番だと思います。
弱っているようでしたら、とにかく保温してあげて、動物園や野鳥保護の
相談にのってくださる機関に相談してみてください。

私が持っている何冊かの本の中から大切な部分を引用させていただきます。

「飼育動物が人に慣れているのに対し、無主物の野生動物は
全く人慣れしていない。
 著者の口癖は、『野生動物は人が大嫌い、神経質の固まり』である。
 できる限り手を掛けないことが、野生動物にとって親切なことであり、
 野生動物の手当ては、飼育動物の場合と姿勢を切り替える必要がある。

 真っ先に行わばならないことは、安静にし保温することである。
 すぐに餌をやろうとしがちであるが、これは間違いである。
 それは、人の救命救急の場合と同じと考えてもよいだろう。

 ある時、弱った野鳥を拾って持ってた方が、私が収容するダンボール箱を
 準備している間、『今、診てもらうからもう少し待ってネ』とその鳥の
 頭を何度もなでていた。これは人が動物に接する一般的な態度であり、
 実に心優しいのだが、野生動物に対しては逆効果であることはいうに
 及ばない。

 ~野生動物のレスキューマニュアル 森田 正治編 文永堂出版の
  はじめに より」

「野生鳥獣は、軽度の創傷や疾病であれば自然に回復する力を持っている。
 しかし、いったん保護飼養されると、野生に復帰することが困難になる。
 特に巣立ち直後のヒナは、社会化の重要な時期で親と共に行動し、その
 行動を通じて生活の知恵を伝授されている。
 大量の出血、外傷、骨折をしていない限り、すぐに保護せず遠くから離れて  様子を見る。
 外傷が軽度で出血が少量であれば、一時的応急措置をした後、保護した
 場所に戻す。
 発見者及び搬入者は、いかなる状況でも早く保護しなければと思いがち
 だが、保護、救護することが彼等を救うことにはならないことも十分に
 説明する必要がある。

 ~野生動物ファーストエイド・ガイドブックⅡ 日本小動物獣医師会より」




私は数年前に野鳥救護の講習に参加したことがあるのですが、私のような
身近で数羽の野鳥の保護経験、動物園への搬入があるだけだと、まったくの
素人で、本当に講義は難しく、保護救護の大変さを痛感しました。
ですから、獣医師、施設、自宅などでボランティアで野生動物を保護、リハビリ、
野生復帰をなさっている方々を心から尊敬しています。

一羽でいるヒナや、弱っていそうな野鳥を見たら、すぐに保護して助けて
あげたいと思うのが、人として当たり前の優しさだと思います。
けれど、当の野鳥にとっては、人間は恐ろしいものと思っていて、救護
そのものが心臓が止まりそうなほど苦痛を感じている場合もあるんです。
保護、救護しようとしたら、そのストレスで死んでしまう個体もあるそうです。

また、ものすごく弱っているのに、弱みを見せたら命を落とすという
野生の本能のため、一見大丈夫そうに見える個体もあります。
けれど、ちょっと目を離した隙に死んでいたり・・と野鳥はとても
デリケートなのだと思います。

それだけに野鳥の保護、救護は大変難しく、また保護しやすいヒナであっても
それが本当に彼等のためになるかどうか難しい場合も多いと思います。

前回、人と野生動物には境界線が大切で、彼等は自然の中で自立した存在であり、
彼等の生き方を尊重し、必要以上に人が境界線を踏み越えてはいけないことを
書きました。
それは身近に飛び回っているかわいい野鳥たちも同じです。
私たちの庭先や軒先にいたり、身近で巣作り、子育てをしている野鳥たちも
立派な野生なんです。

ペットのようにかわいがって、春、夏などの自然界の餌が豊富な時期にまで
必要以上に餌を与えたり、ヒナに手を出しすぎてしまうと、彼等の生きる力を
奪ってしまうことにもなりかねません。

よく、ヒナがヘビやカラスに襲われてかわいそう・・と思われる方がいらっしゃいます。
TVの野生動物の番組でも、オオカミやライオン、トラなどが草食動物を捕食する
場面はかわいそうで見ていられない、野蛮だと憤りを感じる方もいるかもしれません。
けれど、これは自然な姿で、捕食する動物たちは何日も食べ物にありつけていなくて
餓死寸前だったり、自分自身、自分の子供たちに与えるため、生きるために捕食
しているんですよね。
かわいいと思っている野鳥だって、虫を捕食してヒナに与えています。
虫は素晴らしい完全栄養食なんですね(^^)

そして虫だって、アシナガバチのような狩蜂は他の虫を捕食して、幼虫の
餌にしたり、駆られる虫はたくさんの卵を産んで子孫を残そうと頑張って
生きています。

みんな、生きるために必要な分だけ自然界からいただいて生きていて、
その絶妙なバランスで、一種類だけが増えすぎて、生き物の食べ物が
不足したりしないように上手に成り立っているんです。
それには、捕食動物による働きや、弱い個体の自然淘汰などの働きが
重要になってきます。

そのことをわかりやすく解説してくださっている文章をご紹介します。

「<自然の仕組みから学ぼう>

 虫に食べられる植物にとっては、虫を食べる小鳥が必要です。
でも、小鳥が虫を食べつくすことはありません。それは、小鳥が増えすぎないからです。
毎年子育てをくり返して、ヒナが無事に巣立ったとしても、自立、移動、越冬などの
試練が続くので生きのびるのはわずか。一方で、そうして弱ったり死んだ鳥が食物と
なって、肉食性や雑食性の鳥などの命を支えているのです。
 命の大切さは、このようにさまざまな生物の共存と命のつながりとともに再認識
されなくてはならない時代になりました。
2005年から国連「持続可能な開発のための教育の10年」がスタートし、持続可能な
社会を作ることは人類共通、最大の命題となっていますが、持続可能な自然のしくみ
から学ぶべきことが少なくありません。

~公益法人 日本野鳥の会 BIRD FANサイトより
http://www.birdfan.net/about/faq/find_hina.html

こちらも参考にしてください。
☆野鳥の子そだて応援(ヒナを拾わないで)キャンペーン
http://www.wbsj.org/activity/spread-and-education/hina-can/



私たち人間は、自分の軒先に巣を作った野鳥のヒナは全部無事に巣立ってほしいという
願い、そして襲われたならヘビやカラスに対して怒りをもちます。
それは自然なことですし、人として当たり前の感情です。

けれど、私は巣落ちして死んでいた小さなヒナ(巣立つには随分小さかったです)
を後からカラスが拾って飛んでいくのを見て感じました。
きっとそのカラスのヒナのごはんになるのでしょう。
また、死んでいる虫の周りにアリがたかっているのを見ました。
巣に運んで幼虫の餌にするのでしょう。
また、死体をシデムシという虫が分解してくれます。
野山で死んでいる野鳥や虫、動物の死体は、必ず次の命を生かす糧になることを
知りました。
無駄になる命はひとつとしてないと思います。

もし、私たち人間が捕食されるいくつかの種を過剰に保護して、すべて大人になれる
ようにして数を増やしたり、その種を捕食する肉食獣や野鳥を駆除したら、
いずれ、保護した種が捕食する虫や植物は急激に減って、生態系のバランスを
欠いてしまうと思います。

ヒナにとっては、事故にあったり、捕食されたり、すべてが大人になれないように、
弱い固体は、自然界では長く生きてはいけません。
つばめなどの渡り鳥の場合は、その後、海を渡る長き旅に耐えられる体力と知識を
たくわえ、また戻ってきて子育てできるくらいの力を持てるように成長しなくては
命をつないではいけないのです。
その人生の道筋に、社会化の場面で人が手助けしすぎてしまったら、大人になれた
としても、長旅の間で簡単に命を落としてしまう弱い鳥になってしまうでしょう。
長い目でみたら、厳しいようですが、手助けが手助けになくなってしまうという
こともありえると思います。

また、人や環境のために絶滅の危機に瀕するまで減ってしまった種に関しては、
回復できるまでに手助けすることは大切だと思います。
けれど、彼等が自分自身でやっていけるような数、環境が回復した場合は、
じょじょに自然界にまかせていく方針がベストではないかと思います。

保護したけれど、障害がのこってしまい野生復帰が無理な動物や野鳥は、
施設やボランティアさんのお宅で終生飼養されていることもあるでしょう。
そういう子達は、その存在自体が自然の大切さを人々に伝えてくれる役割を
担っていることを知っていると思います。
そして、次こそは大空を駆け回り、飛びまわれるように生まれ変わりたいと、
または人との絆を感じて、人と暮らす動物に生まれ変わろうかなと感じてくれて
いるかもしれません。
それは、最初から人と暮らしている動物たちとはまったく違う姿勢です。

やっぱり、「野の鳥は野に」


宮島沼のルールです。

それは、大自然の中であっても、住宅街に住む身近な野鳥にとっても
大切なことです。

野に生きる野鳥たちと話していたら、毎年命をつないで戻ってこれた渡り鳥、
立派に巣立った若鳥を私に見せにきてくれます。
そして、誰の力も借りず、こうして自分の力で生きていることを誇りに思い、
高らかに歌い、自然界で生きることを心から愛しているのを感じます。

野に生きる動物、鳥、虫たちは、だからこそ美しく、私たちを魅了してやまないのです。
私たちが忘れかけている自然との調和、バランス、そして美しさを、彼等は
自分の生を通して常に私たち人間に語りかけてくれています。

彼等の生き方を尊重し、境界を守って見守り、彼等の生きる世界を
大切にしてあげてください。
心からよろしくお願いいたします。

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